えびまよシャンプーブログ

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仕事がすべてなんだけど、仕事がすべてじゃない件について

こんにちは、えびまよシャンプーです。

 

多くの人々は毎日のように通勤電車に揺られ、家に帰ったら家族のお世話。自分の時間など人生のうち、わずかな時間しか与えられていません。

 

また、過労自殺働き方改革などがしょっちゅう話題に上がる中、我々は仕事や職場に対してどんどんネガティブなイメージを持っていきます。

 

就活生にとっては、行くも地獄戻るも地獄。ニートになりたいという人も多いはず。学生時代の私もそう思っていました。働きたくないのに求職しているという、一種の錯乱状態。

 

しかし、そんな迷う時期もあっと言う間に過ぎ、私たちは社会に放り込まれます。そして毎日のように話したくもない同僚と話し、やりたくもないプロジェクトに取り組み、憔悴していく。

 

一部の人間はストレスが臨界点を超え、もとの自分らしさを取り戻すことすら出来なくなってしまいます。

 

会社を信じてはいけない

最も大事な事の1つを学校は教えてくれません。それは会社を安易に信用してはいけないということ。

 

我々は子どもの頃、仲間の大切さや、夢を持つことの豊かさを徹底的に叩き込まれ、健全に育ってきました。

 

もちろん、学校の先生は「学校を疑え。自分だけを信じろ。」なんてことは言いません。これを言ってしまっては、「では何故先生はこんなところで働いているのですか?」という話になってしまいますので。

 

私がここ最近感じるのは、世の中の大半はグレーゾーンで構成されているということなのです。

 

マスコミが報じるニュースでは、「誰が悪い」とか、「誰が責任をとって辞めろ」というような事ばかりで、日本人は白黒をつけるのが好きなんだと強く感じます。

 

しかし、多くのことは様々な人間が関わっていて責任の所在が明確でなかったり、歴史の中で悪い部分ばかりが徐々に残ってしまったという可能性もあります。

 

もちろん、こういうものを隠れ蓑にする悪い人間もいっぱいいます。

一方、悪さの度合いがそれぞれ大きく異なり、一律のルールで裁くのは困難であるということも言えます。

 

正義と悪に関する話がちょっと長くなりましたが、結論を出すことは困難であるため、ここで仕事に関する話に戻りたいと思います。

 

まず、ニュース沙汰になるようなブラックかつ悪質な職場に勤めているなら今すぐに逃げるべきです。命より大事なものはありません。

 

しかし、問題はそれ以外のちょいブラックなグレーゾーンにいる大多数の人々。転職を求めたとしても、完全にホワイトな会社は恐らく存在しないでしょう。

 

そんな、「ちょい悪会社に勤めているが、辞めるほどではない」という状況なら、会社は信用せず、ある程度ドライに接するべきです。

 

会社の上司に対して、学生時代のバイト先や大学の教授と同じようなスタンスで、仲むつまじい関係を目指そうとしていると、搾取される可能性はぐっと上がります。

 

よく、端から見ると上司と仲良くしているように見える中堅社員もいますが、あれは戦略的仲良しです。中間管理職トネガワなのです。

 

実のところは自分の立場が不利にならないように振る舞うし、厄介なことは部下に投げたりもします。

 

画一性

入社時から社会での戦いは始まっているのです。自分にとってためになる仕事はとことんやるべきですが、新人は何かと雑用を押し付けられがちです。

 

良く考えたら、「これやる必要あるの?」というものもたくさんあるはず。こういうのをついついやってしまうのは、我々が今まで必死に取り組んできた部活動やサークルにおける「何事も積極的にチャレンジする」という姿勢が悪い形で生かされてしまっているからです。

 

会社と私たちの関係はあくまで雇用契約です。本来、辞めることに対して後ろめたさはないはずなのです。

 

仲間との絆の強い部活やサークルなど、とことん前向きな活動と混同した形で社会に飛び出していくのは結構危険なのです。

 

特に新入社員は自分の時間を潰して家でも勉強をしたり、能力が無いから仕事が終わらないんだと決めつけてサービス残業をするなど、会社の術中にはまってしまうことが多い。

 

組織で仕事をする以上、今抱えている人材で何とかしなければならないというのが、会社の立場です。

 

パワプロをプレーするときに、一部の主力選手以外の1人1人の選手の状態を気にしないのと同じです。もし必要なら新しい選手をとればいい。

 

残念なことですが、特に大きな会社では社員1人1人にそこまで期待はしていないのです。

 

ドライに接するということについて強調しましたが、高度な技能を要する仕事では先輩の背中を追いかける必要もあります。先輩の真似をしながら作業の精度を高めていく。そんな専門性の高い職人的な仕事もたくさん存在します。

 

しかし、専門性の低いタイプの総合職系の仕事では、必ずしも先輩の背中を追うことが良い結果をもたらすとは限りません。異動が多く、オールラウンダーを育てる類の仕事においては、非常に多様な社員が存在しますし、正解はひとつじゃありません。

 

それだけニーズが多方面に散らばっており、外部の状況や時代からの影響を受けることも多いのです。

 

こうなると、先輩の背中を追い、数十年後に先輩のようになることができたとしても、それはもはや時代が必要としていない能力である可能性すらあるのです。このようなリスクを考えると、あまり個人的に一部の人にくっつきすぎず、適度に距離をとることが必要です。

 

しかしながら、専門性が低く、変化する力が必要な仕事においても、いまだに師弟関係や過剰なローカルルールを敷いている企業は多いように思えます。会社のルールを、たたき込むことにより、社員の質を均一にしていくことはかなりリスキーです。部下を扱いやすくはなるかもしれませんが、このやり方では、新たなアイデアで他社に打ち勝つ事が出来ず、徐々に衰退していくしかありません。

 

将来の自分のためにも、私たちは型に押し込められないように耐えることが大事だと思います。

 

アイデンティティ

理想は、前述のように多様な社員から新たな価値観を活かすことのできるような、会社がアンテナと度量を持っている状態です。しかし、残念ながらそんな近未来的な会社は非常に限られていると言っても過言ではありません。では我々は会社に搾取され、個性を殺して、ただ生活していかなければならないのか?

 

答えは「仕事がすべてなんだけど、仕事がすべてじゃない」ということだと私は思います。

 

私たちは自分自身のアイデンティティが無ければ、自信を持って生きていくことが出来ません。

仕事で自分のカラーを出すことが出来ずにストレスが蓄積してしまったなら、仕事終わりや休日にカラーを出していくことが大事です。それは、趣味かもしれないし、人付き合いかもしれないし、人それぞれです。自分の気持ちに逃げ場を作ってあげると言うことなのです。

 

そもそも、私たちは人生の大半の時間を同一の会社に費やしていますが、これは精神的に非常にバランスの悪いことだと思うのです。学生の頃は複数のサークルやバイトをこなし、授業も種類によってメンバーが変わるなど、様々な活躍の場が私達には与えられていました。

 

もし、どれか1つがうまくいかないなら、別の舞台に力を入れていけば良い。そのようにして、自尊心を保つことが出来るし、多方面からの刺激を受けることにより自分の現在位置を客観的に知ることが出来ました。バランス感覚は非常に大事なものだと思います。社会人になってしまうと、外部との関わりは希薄になってしまいがちです。

 

学生の頃の仲間(自分と違う仕事をしている人たち)との飲み会をたまに開いたり、サークルの頃にやっていたスポーツをたまにやってみたりするということは、自分の心のバランスや価値観を整えてくれます。

 

逆に、そういうメンテナンスの時間さえ奪われた会社では、組織が誤った方向に向かっていても、修正することができず、破滅へ向かうことすらあります。よくニュースで観られるように、上層部に優秀な人間がたくさんいるはずの大企業で不正が起こったりします。これはもしかしたら、バランス感覚を失い、客観的判断ができなくなっているのかもしれません。

 

この記事では、仕事と言うものに関してネガティブなイメージばっかり書いていますが、逆に、もし経済的な余裕が出来、仕事を辞めたら、日々何をすれば良いのか?ということを考えると、正直私は「う~ん…」と考え込んでしまいます。

 

正直そんなにやりたいことが無いのかも。やりたいことと言えば、潮だまりで水生生物を採って遊んだり、大型銭湯でのんびり過ごしたり、お絵かきをしたり。と、あまり出てこない!

 

田舎で旅館を開業したい。とか、そば打ちを極めたいとか、川魚の養殖を始めたいとか、ビッグな理由があるのが理想なんですけどねえ。でもこれらのように、時間をふんだんに使って取り組むことは、自営業の一種で、結局仕事なんだと思います。

 

私たちはなかなか勤勉で、仕事をすることにより満たされるという面もあるのかもしれません。私のような意識低い系であってもです。

 

仕事は大変だが、仕事をすることによる充実感も多少はある。しかし、仕事にのめり込み過ぎてはバランス感覚をくずしてしまう。このせめぎ合いが非常に難しいところです。

 

新卒の苦労

新卒の辛いところは、会社が自分たちの事をどのような目で見ているかが分からないということです。会社は我々のモチベーションをあげるために色々な言葉をかけたり、逆にプレッシャーをかけてきたりします。この仕組みを知らない純情派な新人たちは会社の言っていることを額面通りに捉えがちになります。

 

あくまで、会社はいかに低コストで効率的に多くの成果を私たちに出させるかを考えているので、本音は違うでしょう。そもそも本音がどうなのかを仕事に対して考えることはしないと思います。わりとみんなは仕事に対する感情は仕事のことだけで、本音を考えることはほとんど無いはず。

 

社会に飛び込んだばかりの新人にとって、最初の頃は霧のように視界が雲っているような状態です。一方、中堅・ベテランになると、会社の言葉を上手く置き換え、自分なりに理解をしています。何も偉いことはありませんが、社会で生きていくためには欠かせない術です。例えるなら麻雀の初心者と経験者の違いのように、相手の手の内を読めるかどうかということ。

 

本音としては純情派のまま働いていたいものです。昔放送していたプロジェクトXその時歴史が動いたに出てくる社会人は、まっすぐで本音で動いているという印象を与えます。しかし、コンプライアンスでガチガチな現代においては、私たちはもはや人間味のある仕事はできないかもしれません。お笑い芸人でさえ、発言のひとつひとつに気を配るような時代ですから。

 

社会に縛られた私たちには、せめてプライベートでプレッシャーから逃れられる趣味を1つぐらい持っておきたいところです。

 

学生時代に、「お金があったらやりたい!」と考えてたことをゆっくりひとつひとつ処理していくのも良いのではないでしょうか。

 

まとめ

長くなりましたが、プロのスポーツ選手や将棋指し、研究者、職人的自営業のような人は仕事が人生と言える生き方も格好いいです。

 

しかし、給料で生きている私たちは、仕事=人生は正直もったいないと思うのです。会社の人=自分になってしまうと、いざ会社が破滅の道に向かってしまったときに、自分自身のバランス感覚を保つことが出来なくなります。

 

例え対価が得られなくても、自分自身が充実感を得られるような居場所は職場以外に確保しておきたいものです。

 

本日は以上です。